東京 八王子市 葬儀社比較情報


Q.471
葬儀カテの皆さんに質問です。この画像のように葬式に水着姿で来る輩は何を考えてい...

葬儀カテの皆さんに質問です。この画像のように葬式に水着姿で来る輩は何を考えているのでしょうか?私は、故人に対してうらやましからんと思いました。皆さんの回答をお待ちしております。



A.471
葬儀カテの皆さんに質問です。この画像のように葬式に水着姿で来る輩は何を考えていのベストアンサー

亡くなられた方の遺言かもしれない




   

Q.472
葬式のボランティアについて今回の東日本大震災多くの方々が亡くなられ、ご家族等は...

葬式のボランティアについて今回の東日本大震災多くの方々が亡くなられ、ご家族等はさぞお悲しみのことと思います。さて、今回葬儀社のボランティアが行ったというニュースは耳にしましたが、仏教界、特に僧侶の動きはどうなのでしょう。身元確認なしの土葬、火葬などの悲しいニュースが次々出ます。"葬式仏教”とか悪口を言われる、今の仏教界、それこそ"葬式仏教”の本領を発揮し、葬式のボランティアをやればと思うのですけど。残された方々に少しでも慰めになるのではと思います。仏教会のHPを見てもボランティア募集の呼びかけだけです。何か動きがあるのでしょうか?それとも



A.472
葬式のボランティアについて今回の東日本大震災多くの方々が亡くなられ、ご家族等はのベストアンサー

各遺体安置所をトラックを自分で運転してまわりお経をあげる僧侶のニュースをやっていましたよ。お坊さんならそう考える人は多いと思います。「今は何にもお礼できないけど本当に有難うございました」と泣きながらお坊さんの手を握り感謝するおばあさんがすごく印象的でした。




   

Q.473
私は養子で、10年前に義父が亡くなりました。葬式を済ませた後に、家内と妹がある事...

私は養子で、10年前に義父が亡くなりました。葬式を済ませた後に、家内と妹がある事情から決裂をしまして、何もかもそのままになっております。私共のケースの場合、今後の対応についてアドバイスをお願いします。まず、私は約35年前に今の家内と結婚をしました。その後、長男も生まれて5年ほど経った頃に家内の実家の父親より母親が病気になったので帰って来てくれないか?と連絡が入りました。家内は実家の祖母の独裁者体制を嫌い、二人姉妹の長女でありながら実家を出たのですが、色々と考えた末に今の現状では家庭内が回らないのだろう?と思い、購入したばかりの分譲マンションを処分して実家に戻りました。その時に、祖母の勧めで私は家内の実家に養子という形で入籍しました。実家に帰宅後、祖父も脳梗塞で倒れたため、難病の母親とダブル介護の生活が約16年続きまして、その後に祖母の痴呆症・そして父親の肺癌と、結局は家内は24歳から43歳まで家庭内で24時間体制の介護をする事になりました。また、その間にも妹が子宮癌になった時も介護をしたおりました。それらの諸々が、ようやく済んだ頃(平成13年)に父親が亡くなりまして、1つの事件が起こりました。父親が入院先で生死をさまよって家族がバタバタしていた頃に、妹の主人が誰も居ない実家で、銀行通帳・株券・家の権利書・現金・商品券などをチェックして帰ったみたいなのです。父親の葬儀を済ませた後に、妹側から相続についての話が切り出され、銀行預金・株券・現金・商品券のすべてを3等分した上で、実家の家屋及び土地の評価額を出して、その分は1/3を現金で下さい!と言われました。それらの事から家内と妹は決裂したのですが、その後、そのままになっております。妹はずっと実家に居りましたが、家事を一切せずに会社勤めをして、子宮癌を患いましたが完治してからは結婚をして嫁いでおり、実家の家族の介護・看護についてはノータッチでした。もう1つ・・・父親は嫁いだ娘を少しでも居心地が良いようにと、妹夫婦が家を購入する時に2千万ほどの援助をしておりました。それと、定かではなく身内の恥なのですが、父親が入院先で生死をさまよっていた頃に妹の主人が誰も居ない実家に居た頃から、郵便局の通帳が2冊無くなっているのです。父親が孫2人に「お前らが20歳になるまで貯めてあげるからな〜」と言って、幼い長男と次男に見せていた通帳が無くなっていました・・・それらについては、長男も次男も「お金はもういいけど、爺さんの気持ちを考えるとな〜」と言っています。このような状態ですが、相続が中途半端なため、実家の古い家も名義変更も建て直すこともできません。



A.473
私は養子で、10年前に義父が亡くなりました。葬式を済ませた後に、家内と妹がある事のベストアンサー

調停を起こして奥さんの介護に関しては寄与分を主張し、妹の生前贈与に関しては相続財産に持ち戻すようにもって行けばよいと思います。預金に関しては、金融機関で死亡日時の残高証明をとるようにしておき、介護に関しては領収書などを取っておくことです。調停に関しては弁護士に依頼したほうがよい案件だと思います。




 
 

Q.474
主人の親戚の、四十九日の法要に行くことになりました。姑の妹の、姑さんのです。葬...

主人の親戚の、四十九日の法要に行くことになりました。姑の妹の、姑さんのです。葬儀と通夜は、2歳と0歳の子供がいるため、ご迷惑になるのではとおもい参列していません。恥ずかしながら、いい年をしてお葬式や法要にでたことがなく何をして良いのか分かりません。。そこのお家には、お嫁さんが2人おられるし、他家のなるのであまりでしゃばったことをしても主人に恥をかかせないため、「こんなことしたらいいよ」等アドバイスをいただけないでしょうか?よろしくお願いします。



A.474
主人の親戚の、四十九日の法要に行くことになりました。姑の妹の、姑さんのです。葬のベストアンサー

他家に参る場合、他家の考えもあると思いますから、「お手伝いする事はありませんか」とたずねて、あれば親戚としてお手伝いをされ、なければ、お客さんになって、何もせずにいればいいと思います。その時には、座る位置や座る向きを意識して、そわそわせず、どうどうと御主人のそばにおられればいいと思います。また、焼香や合掌も、どうどうとゆっくりとされれば、かっこもつくかと思います。




   

Q.475
この映画のタイトルを教えてください。随分前にTVで見ました。時代背景は昭和40年代...

この映画のタイトルを教えてください。随分前にTVで見ました。時代背景は昭和40年代前半の大阪?だと思います。主人公は、デスマスクを作るブッキラボウな石膏師(ハナ肇かな?)だと思います。この石膏師が弟分と一緒に、ある葬儀上のトラブルにより、交番で事情徴収を受けていました。その時その交番へ、ホームレスの行き倒れの通報がありました。そこで石膏師と弟分は警官に付いて行きました。そして石膏師は、現場のホームレスの遺体に自分の上着を掛けて上げました。警官は石膏師に注意しましたが、石膏師は反発しました。そこへ、その一部始終を見ていたある大企業の社長が、石膏師に近づいて、後で家に来る様に言いました。その後石膏師と弟分は、その社長の家に行き、話を聞きました。社長は石膏師が遺体に上着を掛けた事を非常に評価して、葬儀業をやるなら出資すると言いました。その後、石膏師と弟分は、知り合いの医者と『ジャッカン』と言うあだ名の役所の火葬許可係の職員と一緒に葬儀社を創りました。そして石膏師やジャッカンの斬新なアイデアと企画力(葬式社をテレビのコマーシャルで宣伝したり、ヘリコプターを使って水子の集団葬をしたりして)により、その葬儀社はすぐに大きくなりました。しかしジャッカンが葬式はある種のレジャーだと言った事から、石膏師は疑問に思い、本来の死者を弔うべくして、その葬儀社から一人で離れました。その後石膏師は、真に死者を弔うための葬式をアピールしたいがため、葬式博覧会を企画しました。そして以前出資してくれた社長の元に行きましたが、今度はキッパリと断られました。しかたなく石膏師は、資金を後払いにして、地下で葬博の建設を進めて行きます。ある日、石膏師が地下で建設作業をしている時、突然地上から大きな爆音が聞こえました。石膏師が地上に出てみると、あたりはまるで原爆が落ちた様な状態でした。そこで石膏師は言いました。「これが本当の葬博や!」私の記憶も曖昧ですが、当映画を御存知の方宜しく御願いします。



A.475
この映画のタイトルを教えてください。随分前にTVで見ました。時代背景は昭和40年代のベストアンサー

野坂昭如原作、三隅研次監督の「とむらい師たち」ですね。主演は勝新太郎でした。




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